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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)703号 判決 1961年10月31日

控訴人(原告) 坂本泰輔 外三〇名

被控訴人(被告) 東京都知事

主文

本件控訴を棄却する。

(昭和三十五年三月三十一日附建設省東計第一一七号を以て設計変更の認可のあつた被控訴人の東京都市計画第三〇地区の復興土地区画整理事業計画が無効であることの確認を求める控訴人らの請求を却下する。)

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、昭和三十五年三月三十一日附建設省東計第一一七号を以て設計変更の認可のあつた被控訴人の東京都市計画第三〇地区の復興土地区画整理事業計画は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。

控訴代理人は請求の原因として、

(一)、被控訴人は東京都戦災復興計画に基く土地区画整理事業実施の一地区として、高円寺附近の地域につき、昭和二十三年三月二十日東京都告示第一三三号を以て、地区番号を第三十地区名を高円寺駅附近、面積を約十六万六千坪、区域を杉並区高円寺三、五、六、七丁目、馬橋二、三丁目の各一部及び中野区大和町の一部として告示し、その地域を表示した図面をも縦覧に供し、ついで昭和二十五年三月九日建設大臣に対し右第三十地区の設計認可を申請して、同年六月二十六日その認可を得て、事業に着手したが、昭和二十九年五月十二日設計変更(第一次変更)をして建設大臣の認可を受け、事業を続行した。然しながら事業は一向進捗せず、昭和三十二年に至つても約十六万六千坪のうち約一万七千坪(高円寺駅南口商店街約一万四千坪と同駅北口約三千坪)について事業を施行したのみであつた。

(二)、そこで被控訴人は事業計画を一部変更したとして、昭和三十五年三月三十一日建設省東計第一一七号をもつてその設計変更(第二次変更)について建設大臣の認可を受け、ついで同年四月九日附東京都告示第五四〇号で右事業計画変更決定の公告をした。

(三)、然し右の第二次変更は設計内容に於て従前のそれと比較し著しい差異があり、新規事業というほうが相応しい。即ち施行区域は十六万坪余から三万六千坪余に減少し、都市計画街路は全廃若しくは大巾に縮少され、公園数は六ケより五ケに減り、区画街路は巾員八米より六米に変り、排水路は約百分の二となり、資金計画は従前金四億二千百十万七千円であつたものが、金二億三千百五十二万六千二百二円と半減するなど、すべての点について非常な相違が見られるからである。

従つて第二次変更による事業計画は従前のそれと同一性を欠くから、新規の事業としての手続を践んで建設大臣の認可を受くべきものであるのに、その手続をふまないでこれを事業計画の変更として建設大臣の認可を得ても無効である。

(四)、加えて第二次変更による事業計画は、その資金計画上実施不可能であるから無効である。

即ちその資金計画によると、事業費金二億三千百五十二万六千二百二円の年度別歳入歳出は、

昭和三十三年度 金八千百三十五万七千二百二円

昭和三十四年度 金七千五百八万四千五百円

昭和三十五年度 金七千五百八万四千五百円

計       金二億三千百五十二万六千二百二円

であるが、建設大臣の認可を受けた昭和三十五年三月三十一日当時は既に昭和三十三年度並びに昭和三十四年度の歳入歳出は終了している筋合で、残る事業費は昭和三十五年度の金七千五百八万四千五百円のみであるから、これでは到底実施不可能である。

(五)、被控訴人には第二次変更による事業計画を実施する意思がない。右計画によると、昭和三十三年度三十パーセント、昭和三十四年度四十パーセント、昭和三十五年度三十パーセントと施行予定を定めてあるのに、昭和三十六年三月末日迄にその一小部分を実施したに止まり、その大半を実施しないし、必要な事業費をも計上しない。

そのほか設計で重要の意義を有する駅前広場について設計変更がないのに、二千五百六十四平方米三六の設計を約百平方米縮少し、その部分を地主等に使用せしめている。

これらの事実により被控訴人は設計通り事業計画を実施する意思はないものと認められるのであつて、実施意思の欠缺する右事業計画は無効である。

(六)、控訴人らは前記第二次変更による区画整理事業の実施区域内に於て夫々宅地を所有又は賃借し、或は建物を所有又は賃借している。原審に於ては第二次的変更前の事業計画による設計が当時既に廃止されていたので、その廃止されたことの確認を求めたけれども、原判決言渡後前記の通り第二次変更による事業計画の認可公告がなされた。従つて右の事業計画が存するならば、控訴人らは土地区画整理法第七十六条第八十五条等により土地建物に対する権利について種々制限を受けるから、前記事業計画の設計についてその無効確認を求める利益を有するので、前記趣旨の判決を求める次第である。

と述べ、

被控訴人の本案前の答弁に対し次の通り反ぱくした。

本件土地区画整理事業は、(1)被控訴人の事業の設計、(2)建設大臣に対する設計の認可申請、(3)建設大臣の設計認可、(4)被控訴人の設計の公告、(5)区画整理委員の選挙、(6)都市計画審議会への諮問、(7)控訴人らの区域内土地建物所有者に対する仮換地処分並びに建物移築その他の処分及びその補償、(8)換地処分等一連の手続を経て実施されるもので、そのうち(3)建設大臣の設計認可の段階までは、控訴人は具体的に何らの権利も侵害されていないけれども、(4)被控訴人によつて設計施行の公告がなされると、土地区画整理法第七十六条により「土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行い又は政令で定める移動の容易でない物件の設置若しくはたい積を行う」には被控訴人の許可を受けなければならず、若しこれに違反するときは、原状回復を命ぜられ、又は工作物若しくは物件の移転若しくは除却を命ぜられる。更に同法第八十五条によつて控訴人は権利の申告義務及び権利移動の申告義務を負い、これをはたさないときは無権利、無変更として取扱われる。更に被控訴人は控訴人中村五市に対し昭和三十四年三月二十六日高円寺七丁目九三三番地所在の同人所有家屋その他工作物一切を同年六月二十六日迄に移転すべきことを求め、控訴人岩波功に対し同年七月二十四日仮換地を指定し、同年八月二十四日高円寺七丁目九二八番地所在の同人所有家屋等を同年十一月二十五日迄に移転すべきことを求めた。従つて右両名は本件区画整理に直接且具体的な利害関係を有するものである。その他の控訴人らは被控訴人より未だ建物の移転要求又は仮換地の指定の通知を受けていないけれども、前記中村五市又は岩波功と同一番地又は隣接地に宅地建物を所有又は賃借しているものであるから、近日中被控訴人より建物移転を求められ、仮換地の通知を受けること必定であり、現に被控訴人は同一番地又は隣接地まで工事を実施して来た。

かような段階にある本件区画整理について控訴人等はその事業計画の設計の無効確認を訴求する利益を有するものと謂わねばならない。

以上の通り答えた。

立証として控訴代理人は甲第一乃至第五十一号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被控訴代理人は、

(一)、本案前の答弁として、控訴人らが無効確認を求めている事業計画それ自体は所謂一般処分というべきもので、その存否によつて控訴人らの権利を具体的に侵害するものということができないから、その無効確認を求める訴の利益を有せず、本訴は不適法である。

(二)、控訴人らの請求原因中(一)及び(二)の事実はこれを認めるが、(三)乃至(五)の主張を争う。

本件土地区画整理事業計画は、土地区画整理法第六十九条第九項第百二十二条第二項後段の定めに従つて定められたものであるところ、第二次変更後の事業計画の規模は変更前のそれに比して相当縮少されてはいるが、その理由は昭和三十四年十二月十七日附建設省告示第二五一七号で施行地区外となつた部分を事業計画から除外したことによるものであり、従つて施行地区として残された部分の公共施設の計画内容は殆んど変更されておらず、また変更後の施行地区は変更前の施行地区内に含まれていたものであるから、単に区域が縮少されたことを以て事業計画の同一性がないとの控訴人の主張は失当である。

(三)、本件事業計画(変更計画)は昭和三十四年九月に立案されたものであつて、当時は執行年度割が昭和三十五年度とされていたので、資金計画についても総事業費を昭和三十三年度までの既支出額及び昭和三十四年度昭和三十五年度の支出予定額に分つてこれを立案したものであつて、実施が延びれば、これに伴つて右年度割も変更せられるから資金計画上から本件地区の事業が実施不可能ということはない。現に昭和三十四年十二月十七日附建設省告示第二五一七号で執行年度割は昭和三十七年度まで延長され、更に昭和三十五年十二月九日建設省告示第二五八三号で昭和三十九年度まで執行年度が延長された。そしてこれに伴い資金計画の変更手続を進めている。

(四)、昭和三十六年三月末における本件地区における事業の進捗率は約五十八パーセントであり、昭和三十六年度の頭初予算においても約二千九百万円の経費が計上されていて、昭和三十九年度までには完了する予定である。従つて事業遂行意思を欠くとの控訴人の主張は全く理由のないものである。

なお控訴人は駅前広場を約百平方米縮少したと述べているがそのような事実はない。

(五)、以上の次第で第二次変更処分による本件土地区画整理事業計画の設計が無効であるとする控訴人らの主張はすべて失当である、と述べ、

立証として被控訴代理人は乙第一乃至第三号証を提出し、甲号各証の成立をすべて認めた。

理由

昭和二十三年三月二十日東京都告示第一三三号による東京都戦災復興計画に基く第三十地区高円寺駅附近土地区画整理事業の事業計画、昭和二十五年六月二十六日建設大臣設計認可済が昭和二十九年五月十二日の第一次変更の後更に昭和三十五年三月三十一日附建設省東計第一一七号により第二次の設計変更について建設大臣の認可を受け、同年四月九日東京都告示第五四〇号で事業計画変更決定の公告がなされたことは当事者間に争がない。

ところで都道府県知事が土地区画整理事業を施行する場合、その事業計画には建設省令の定めるところにより施行地区設計及び資金計画を定むべきものとされ(土地区画整理法第六十六条第六十八条第六条)、設計については設計説明書及び設計図を作成し、施行地区の現況、事業施行前後における宅地合計面積の比率、宅地全体(個人所有の宅地単位に記入されるのではないから、個人個人にどのような換地が指示される予定か、この段階では未だ特定されない)の形状位置の比較等を説明し、設計図では公共施設並びに鉄道軌道官公署学校等の用に供する宅地の形状位置を現況と比較しながら図示されるべきものとしている(土地区画整理法施行規則第六条乃至第九条)。従つて設計図面で個人所有の宅地が道路敷その他公共用施設の敷地として図示されることが勿論あるけれども、さような事業計画が決定されただけでは、未だその個人の宅地所有権を消滅乃至変更させる効果を生ずるものではない。それは事業計画が公告された場合でも同様である。要するに事業計画は、謂わば建築工事における設計図のような役目を果たすものであつて、これが決定は地区内の宅地建物の所有権その他の権利に直接具体的な変動を来たす効果があるものではなく、区画整理事業が進んで仮換地の指定等個々の処分がなされるに及んで直接具体的な法律効果を発生せしめるものである。勿論事業計画が公告されると、土地区画整理法第七十六条第一項により地区内に於ては建築物の新築等が制限され、又同法第八十五条により権利の申告をしなければならないなど地区内の関係者にある種の規制が加えられることは、控訴人の主張する通りであるが、それは一般的抽象的のものであつて、これらの規定に違反した者に対し同法第七十六条第四項第五項の原状回復、移転、除却を命ずる処分がなされて始めて直接具体的な権利変動を来たすものというべきである。従つて控訴人中村五市、岩波功を除くその余の控訴人は未だ直接具体的な変動を受けていないから本件無効確認を求めることは許されない。

ただ昭和三十四年三月二十六日控訴人中村五市に対し、同年八月二十四日控訴人岩波功に対し、夫々被控訴人より土地区画整理法第七十七条第二項により仮換地の指定等に伴う「移転通知」がなされたことは弁論の全趣旨に照らし当事者間に争がなく、仮換地の指定等により右控訴人両名の建物敷地に対する権利に直接具体的な変動を来たすから、右両名は「移転通知」を待たずに仮換地の指定等の処分に対し所定の手続を経て不服の訴を提起しうることは勿論である。然しながらこの場合でも、かように直接具体的な法律効果を発生せしめる仮換地指定等の処分に対して不服申立をなし得るに止り、かような直接具体的法律効果を生じない、謂わば中間段階の行政処分というべき前記事業計画そのものに対しこれを対象として無効確認を求める法律上の利益を有しないものと解するのを相当とする。(この理はその地区内に土地、家屋を所有又は賃借しているというその他の控訴人らについても同様である。即ち中村、岩波以外の各控訴人に対してはこの点からも本訴を許し得ないものと云わねばならない。なお控訴人らは本事業計画の無効原因について種々主張しているけれども、確認の利益に関する上記判示は無効原因の如何によつて差異を生じない。)

よつて控訴人らが前記第二次変更計画(昭和三十五年三月三十一日附建設省東計第一一七号を以て設計変更の認可のあつた被控訴人の東京都市計画第三〇地区の復興土地区画整理事業計画)の無効確認を求める本訴請求は不適法であるから、原審が右変更前の計画について判示する通りこれを却下する外なく、従つて原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条第九十三条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 梶村敏樹 室伏壮一郎 安岡満彦)

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